歴史的な日
"War is over if you want it"
望まなければ実現しないけど、望んでるだけじゃ実現しない。
今日という日があったのは南北と米中のすさまじい外交努力。
最近内外ともに陰惨なニュースが多かった中で今日は本当に嬉しかった。心の底から嬉しかった。ふたりが握手した時には泣きそうになった。
大戦後に半島は分断され米ソの代理戦争がまだ続いている。それが終結へと動き始めた。こんな喜ばしいことはない。
70年近く続いた戦争を今年中に終えると宣言した今日の会談は本当に大きな大きな前進。積み重なった数多の問題の解決に向けて動き始めた重大な歴史的局面なのに…。
日本国内の報道姿勢を見てるとどうも日本はこの出来事を歓迎していないように映る。
日本がかつて半島を植民地にしたことが南北分断の土壌になってしまった。この地域に最も近いというだけでなく何よりも元宗主国として半島の分断と紛争に責任を感じるならばなおさら他のどの国よりもこの地域の平和を望み、主体的にこの和平が進むような役割を担って然るべきなのに。
ネットのせいか何か知らないけど今のこの国には嫌韓をこじらせた馬鹿な日本人がたくさん湧いてしまった。このことが「半島の平和をなんとなく歓迎しない」空気を醸造してるんじゃないかという気がする。そしてあろうことか首相までもがその一員なんじゃないかという懸念も。
文、金、習、トランプが対話路線へ舵を切りそれが電撃的に結実していく様を横目で見ながら「対話には意味がない・圧力圧力」と言い続けることしかできない安倍はなんていうか仲間外れにされてスネてるガキでしかない。
結局この100年間、日本という国は東アジア地域の安全保障に何ひとつ寄与できなかったばかりか害悪でしかなかった。第二次大戦後50年くらいは比較的マシな態度だったのにここ数年で戦争の惨禍を忘れた戦争メルヘン・平和ボケの一部勢力が強硬論を振りかざした結果が今の「蚊帳の外」状態。
拉致問題は日本の問題。他国に頼んでなんとかしてもらえるような問題じゃない。ここ数年の中身のない強硬姿勢を転換してボロボロになったパイプを再構築して対話するしかないでしょうが。中距離弾道弾の問題も然り。
…なんだけど北朝鮮を自衛権拡大の口実と政権浮揚のために利用することしか考えてこなかった今の政府には到底無理な話。無能無策な首相と外相は一刻も早く交替して次いこーぜ次に。
70年近く続いた分断とこの間に起きた数多の問題がたった1日の会談で解消されるわけがない。そんなこと皆わかってるさ。でもそれを斜め上から冷笑しながら批判してても事態は進んでいかない。
これから国際社会で融和の後押しをしていく局面で安倍みたいな歪んだ歴史観の持ち主は邪魔でしかない。さっさと辞めてしまえ。
融和が進んで欲しいというのは万人の願いだと思っていたのに日本人の多くは戦争したいらしいという信じがたい調査結果
昨日ニュースで見て愕然としたというか恐ろしくなった。
本当に何がどうなってほしいんだろうこの65%の日本国民は。
「圧力」掛けてればそのうち譲歩してもらえるとか本気で考えてるんだろうか。もしくは対立煽れば戦争になって北朝鮮が報復の機会もなく崩壊するとでも思ってるのか。
戦争メルヘンに浸ってるとまた同じ道を歩むことになる。
そんなのまっぴらゴメンだわ。
なんとか文大統領に頑張ってもらいたい。半島の政府と民族に背負わせてしまって申し訳ないけれども、残念ながら日本の首相は完全に役立たずなので。
NHKの世論調査で南北朝鮮の融和の動きを評価しない人が65%って、一体何がしたい国民なんだろう。。。政権が必死に世論誘導したらこんなになっちゃうんだな。そもそも他の民族の内部の対話の是非をなぜいちいち聞くのかもわからないし。首相が内政干渉だって言われて恥かいたばっかだろうが。
— 猫bot (@bakenekodotcom) 2018年2月13日
まだ文在寅は何の譲歩案も提示していないのに、他のところの民族が内部でお互いに殺し合わないように対話しようとするのを「評価しない」とか言ってる人達は人として何か間違っていると思うよ。 https://t.co/RfxTKCzfLn
— 猫bot (@bakenekodotcom) 2018年2月13日
自衛隊は憲法違反なのか
「自衛隊員たちに、『君たちは憲法違反かもしれないが、何かあれば命をはってくれ』と言うのは、あまりにも無責任であります」
2018年1月の国会。
いつものように下を見てひたすら原稿を読み上げていた安倍首相がこの部分だけ珍しく前を向いた。やや気色ばんだ口調だった。
「君たちは憲法違反かもしれない」
自衛「隊員」に向かってそんなことを言ったのは安倍首相が初めてなんじゃないだろうか。しかも国権の最高機関である国会の壇上で。
これだけでもこの首相の態度は自衛隊員に対して無礼極まりないことをまずは指摘しておく。
そして「命をはれ」とは何事か。
もしひとりひとりの隊員がそういう心持ちで任務に当たってくれているのだとしたらこれは頭の下がる思いではある。それは各々が心の中に持つことで誰からも強要されるべきではない。
自衛隊を指揮する政府の役割は隊員が無事に任務を果たせるようにすることのはず。
それなのにあろうことか政府の最高責任者たる内閣総理大臣が「命をはれ」とは。暴言が過ぎる。先の戦争で安全な場所から部下に特攻を命じた上官と同じだ。この言葉そのものが無責任の極み。
さらにここに至るまでの経緯、つまり今の内閣が戦後一貫して違憲とされてきた「集団的自衛権」を憲法解釈を180°翻して合憲としてしまったことを踏まえれば、この内閣によるいわゆる「9条加憲」=「自衛隊」を国の安全保障体制を謳った「憲法9条」に明記するということは自衛隊員全員の生命を危険に晒すことに他ならず、到底看過できない。
安倍晋三という人間は自衛隊員の安全、生命を一体なんだと思っているのか。
憲法9条には
「武力による威嚇または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」
「前項の目的達成のために陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」
と記載されている。
これは「武器を持つ組織は憲法違反だ」とかいう単純な話じゃない。
それなら拳銃を持ってる警察は憲法違反なのかって話になる。
そうじゃなくて。
自衛隊の装備は他国の軍備に匹敵するもので、使い方によっては他国と交戦することだってできるところが「違憲なんじゃないの?」と言われる所以だ。
でも現実問題として自国の防衛装備は持っておくべきというところもある。
だから憲法違反にならないために「専守防衛」というところに線を引いて、武装の目的を「自国の防衛」いわゆる「個別的自衛権」に限定している。これは「武力による威嚇または武力の行使」にあたらないので自衛隊の装備は自衛隊が国内にいて海外の軍隊を相手に武器を使用しない限りにおいては憲法違反にならない、という解釈だ。
でも装備を外に持ち出したらダメだよ、まして海外で使ったらダメだよ、というのが今の憲法下での自衛隊の軍事的な面での制約事項だ。
この「制約」から外れれば「憲法違反」となるが、それは「自衛隊の指揮系統=内閣」に向けられる言葉であって「自衛隊員」に向けられるものではない。
冒頭の発言は今の内閣総理大臣はそういうごくごく基本的なところでとんでもない勘違いをしていることの証左だ。
「憲法」は自衛隊の最高指揮官であるあなたへの縛りであり、「違憲」はその縛りを逸脱しようとした時にあなたに向けられる言葉なのだ。
「違憲の線引き」というのは実は固定されたものではなく、時代とともに少しずつ変わってきた。
1950年に警察予備隊ができた時は「武装組織」の存在そのものが「合憲違憲」の争点だった。
米ソの代理戦争が起こった時には「専守防衛」を盾に海外派兵は決してしなかったが、国内にある基地を提供することが「戦争協力」だとして「合憲違憲」の争点になった。
昨今はイラク戦争とPKOで「派遣」「派兵」の言葉遊びが始まり、安保法制で更にこの線があやふやになってしまっているが、昔も今も「海外での武力威嚇・行使は許さない」とする現憲法は、常に自衛隊が「軍」と化すことへの一貫した歯止めになっている。
しかし現憲法下で違憲の嫌疑が拭えない集団的自衛権を認めた安保法制がある中で自衛隊の「軍」としての存在を憲法9条に明記してしまえば集団的自衛権は名実共に「合憲」になり「武装して海外に出る」というこれまで絶対に許されなかった行為にお墨付きを与えることになる。そうなれば自衛隊員の安全、生命に係るリスクはこれまでと比較にならないくらい大きくなる。
1957年2月、防衛大学の第1回卒業式で当時の首相・吉田茂はこう訓示した。
『君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい』
自然災害は避けられない。
いざ起こってしまった時に災難救助にあたってくれる自衛隊には被災者であろうがなかろうが誰もが感謝している。被災地に赴いて昼夜を問わずそれこそ「命を張って」救助活動をしてくれる自衛隊員にはただただ感謝しか無い。当然だ。
まして「君たちは憲法違反かもしれない」などと言えるはずがない。
しかし国家間の武力衝突は人間どうしの力で避けることができる。
そして「国家間の問題は決して軍事力に頼らず解決する」というのが今の日本の憲法なわけで。
素晴らしいことじゃないか。
ところがその憲法に自衛隊を明記して集団的自衛権にお墨付きを与えてしまえばそれを行使した途端に外に「敵」を作ることになる。
戦後70年の努力は水の泡。
今の日本はかつてのように自ら率先して戦争に首を突っ込むことはおそらくしないと思うが、米国に帯同して戦争に参加させられる可能性は大いにある。
戦後わずか5年での警察予備隊の創設に始まったこの国の「安全保障体制」は日米安保にせよ沖縄の基地割譲にせよPKOにせよ安保法制にせよ実質的には「米国のアジア戦略の一環」でしかなく、そこに日本の国家としての主体性が存在したことなど1度もない。このまま「武力行使は違憲」のタガが緩んでしまったら世界のあちこちの紛争に介入している米軍と一蓮托生で行動することになるというのは想像に難くない。
そんな「戦場」に自衛隊の人たちを送り込んで平気な人間の気が知れない。
自分さえ安全なら自衛隊の人たちがどんな酷い目にあってもいいのか。
そんなことは絶対に許されない。
怒鳴り散らすな
心の底から同意。
子どもは親のためにスポーツやってるんじゃない。
うまくできなかった時、いちばん気にしてるのはその子自身なんだ。
大人が追い討ちかけて怒鳴り散らす必要はない。
子どもが相手だから怒鳴るんだろ?
相手が大人だったら同じようにミスした時に同じように怒鳴るか?
ミスした時にベンチの大人をチラホラ見てしまうチームの指導者は指導者として失格。
不良品だらけ
「日韓合意が」
「もう謝った」
「10億払ったし」
「なのにまだ慰安婦像が」
「毅然とした対応を」
「平昌に行くのは難しくなるかも」
・・・
・・・
あのさ、
こういうこと言ってる連中ってそもそも「日本は悪いことをした」って思ってないでしょ。戦後教育の失敗作・不良品だわ。しかもそれのなんと多いことか。
嘆かわしい。
謝ったからって過去の事実が消えるわけじゃないでしょうが。
本気で謝らなきゃ相手が許してくれるわけないじゃん。
とうてい許されないことをしてきたんだよこの国は。
もう過去の過ちは繰り返しません、
そういう姿勢を「示し続ける」ことが「謝罪」の大前提でしょ。
日本人が率先して国会議事堂の前に慰安婦像を置くくらいのことをしていい。
なんで悪いことをした側がこんなに居丈高になれるんだ。
まったく意味不明だし、そういう日本人を見るのは不愉快極まりない。
与党の質問時間なんてゼロでいい
全く意味不明。
そもそも今の議院内閣制では政府と与党は一体化しているので質問に対する答弁の時間は100%「与党の時間」でしょ。だから質問と答弁の時間が1:1なら与党の質問が一切なくても国会審議での時間配分は野党:与党=1:1。
ああ最近の答弁はムダに長いから質疑:答弁が3:7くらいになってるかもね。
過去の森友学園問題質疑。蓮舫議員が総理に質問すると、聞いても無い事を延々と話し続けて、時間を消費し相手を小ばかにする酷い答弁が返ってきた。質問10秒にに対してこの長文。国会を愚弄するのもいい加減にしろ! #森友学園 pic.twitter.com/QYXpXKBwvA
— HOM55 (@HON5437) 2017年10月26日
だいたい法案の提出前に政府と与党は協議した上で上程してるんだからわざわざ国会で与党に質問時間を与える意味なんかない。ゼロでいい。「与党の質問」って政府案の追認と閣僚のヨイショしかしないし。
立法府殺しに来てるなこれ。